暑中見舞

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 あまり自分のブログを読み返すことがないのですが、最近は記事が少なかったような気がします。
 それで大井の記事を久しぶりにアップしたついでに、暑中見舞いをかねて、最近の近況を書いておきます。
 西野流呼吸法は淡々と月8回くらいのペースで通っています。少し回数を増やしたのですが、そうすると、週に何度も来ている方が意外と多いのに気がつきました。年配(高齢者)の方々がほとんどですが、熱心に通われています。また、復帰される方も多く、どこか見覚えのある方が、青いリボンをつけて対気をされています。ブランクを感じさせない激しい動きをみると、さすがという感じがします。
 個人的には「身体を緩める」ということが、なんとなく体感できてきたのと、同時に気も出ている感じがわかってきました。指導員や準指導員の方たちからも、時々励ましをかねて誉めてもらえるようになりました。
 あとは、指導員の助言(たとえば真直ぐにとか丹田に落してとか)に対しても、そうかと素直に受け取れるようになりました。
 しかし、気が上がっているのや、逸れているのが
 「よくわかるもんだ」
と感心します。
 あとは、山の友人たちと上高地へ行ってきました。
 海抜1500m近くの高地で、気温が32度という、信じられないような日に行きましたが、木陰や清流の上を涼風が通り抜けて、素晴らしい一日でした。

Kappakara
 

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森に遊ぶ3

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久しぶりに森の中へ。
 今回は、のんびりと新緑の中で、ゆっくりと過ごそうとだけ考えて行った。
Kさんの家のまわりは、酢実(ズミ)の白い花が咲き始めたところで、木によっては満開に近い状態である。
広いウッドデッキで、緑に囲まれて華輪を振っていると、どこまでも振り続けて、ついには緑の回転体となって、周囲に溶け込んでしまうのではないかという気がする。
 少し天気が崩れた日もあったので、近辺の「笹原」という集落へ案内してもらった。ここは八ヶ岳山麓の「ドゾウ」というか「蔵」が多く残されていることでも知られているらしい。ドゾウの側面には、こて絵と言って、漆喰を使った装飾がそれぞれに施されている。「大黒」「恵比寿」などの神や動物、家紋などさまざまな絵柄があり、パンフレットによると「庶民の祈りや願いが込められている」ということだ。
 小さな集落に多くの蔵が残されており、休日などは多くの人が散策に訪れるらしい。
 同時にこの集落は藤原正彦氏の「ひこべえ」の舞台にもなっているということで、森に戻ってさっそくKさんに借りて読み始めた。

 最初に舞台となった場所を見ていたせいか、また残像の残る路地や森の中から、主人公が活き活きと走ってくるような臨場感があった。
 現地へ行ったその日に本を読むというのは初めてだったが、なにか友達の話を読んでいるような親しみを感じたのだった。
 ダービーが迫って、少し急ぎ足になったが、これまでにない意義深い滞在になった。感謝。

ヒコベエ (100周年書き下ろし)

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森に遊ぶ2

  久しぶりに蓼科方面にKさんを訪ねた。
 森から通勤する人であったKさん。自身は今はそうでないが、代わりに奥さんが森から都市へ通っているのだった。犬のカイは長寿を全うし、かわりにやってきた猫が思う存分、森の生活を楽しんでいる。
 一日のほとんどを森で過ごしているせいか、物語の中の猫のような存在感がある。そういえば、別荘地の中を車で走っている時に、大きな角のある牡鹿が飛び出して、その面構えの雄々しさに驚かされたりした。ここでは動物達は適度に尊厳を保ちながら生きているようだ。
 深夜3時。あざやかな流星がオリオン座を横切るように流れた。
 生まれて初めてみた「流れ星」は、明るく華やかだった。
「巨星墜つ」の巨星は流れ星ではないのだろうか。たぶん違うと思うが、思わずそんな言葉が浮かんだのはアップルのスティーヴ・ジョブス氏が亡くなったことからの連想かもしれない。
 これまでの27年間の人生(それ以前の記憶は自動的に消去する設定)ではじめて見た「流れ星」が明るく、大きかったのが、とてもうれしかった。

 翌日は霧が峰にある「鷲ヶ峰」から、南アルプス、中央アルプス、北アルプスのすべてを、しっかりとみることができた。山ボーイ(?)であったKさんが一つ一つの山について説明をしてくれた。
 「甲斐駒ケ岳、北岳、千丈・・・」
 紹介された山々は、まるで歌舞伎の役者でもあるように、雄雄しく、また、たおやかに青空の下にたたずんでいる。

 前にも書いたが、とても説明の上手な人なのだが、山を語る口調が優しい。
 人もまた森の中で、尊厳を取り戻すのかもしれない。

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旅の途中

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11月15日、新潟地方は強風のため鉄道ダイヤが乱れた。
 私の乗った金沢発のはくたか6号は糸魚川→直江津間をノロノロと徐行運転したあげく、突然運転を中止するとのことである。
 「ほくほく線は全面運休のため東京方面に向かわれる方は長野経由をお薦めします」
とのアナウンスでホームを駆け上がって信越線「妙高号」に乗り換える。
 ほとんどの乗客の皆さんは移動しなかったが、あの後どうなったのだろうか。
 確かにいきなり運転中止と言われても、すぐには動けるわけがない。
 私のほうは、これが大正解で予定より50分くらい遅れたが目的地に到着することができた。とりあえず「めでたし」というところか。
 西野流をやっているせいなのか、競馬でいつももまれているせいなのか、こういうときの動きが、自慢ではないが(こういう言い方は100%自慢)優れていると思う。
 「感覚は欺かない、判断が欺くのだ。byゲーテ」

 直江津ー長野間は、信越線でも楽しい区間で、「二本木駅」では珍しいスイッチバックに、「新井駅」では「快速SL信越線秋の収穫祭号」に遭遇する。
 車窓からみる妙高山や黒姫山も紅葉の中から立ち上がって見事だ。
 車内販売はないようだが、「入浴セット」とともに「一杯セット」はいつも持ち歩いているので問題はない。ちょっと時間は早いが、そのセット(当日は湊屋藤助「純米大吟醸180ml」、坂角総本舗「ゆかり」と漆塗りの蕎麦猪口)を取り出して、ちびちびとやりはじめる。
 少し食前の酒が効きはじめた正午、普通列車「妙高号」はゆっくりと長野駅に滑り込んだ。

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松本を歩く

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安い切符を使って、信州の松本に行ってきた。
 通過したり、ワンポイントで松本城を観光で訪ねたことがあるが、滞在したことはなかった。 夕方から四柱神社から松本城へそして松本駅方向へとゆっくりと街を歩く。落ち着いた町並みで歩いていて飽きが来ない。古い石造りや木造の建物も多く点在し、古道具屋さんやお菓子やさんなどのたたずまいも良い。
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 気になるのは「手打ちそば」の看板が目に付くことだろうか。「そばまえ」などという日本酒も売られていて、きっとおいしい店が多いのだろう。
 さて、翌日は珍しく雨。これまでほとんど雨の日は経験がないし、温度も下がって侘しい感じになってきた。そういえば、靴のせいか右足の足底筋膜が痛い、サイズが合わないのだが、防水がしっかりしているので履いてきた靴である。
「そうか、足をケアしろということか」
と納得して、朝風呂(温泉です)にゆったりと浸かり、朝食もいつもの5倍くらい時間をかけてゆっくりと食べた後で、デパートで靴の中敷を買って、少し改良して敷いてみた。
 意外とフィットした感じなので、バスで旧制松本高校跡をたずね、バスの中から雨の市街を眺めた後、長野に向けて出発した。
 やはり、足は財産なので、靴選びや歩き方には注意していこうと思う。
 安曇野あたりを抜けるあたりで雨は雪にかわって、車窓から白い信州の景色が見えていた。

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金沢そして歩くこと

 しばらく金沢に滞在して戻ってきた。
 3日間いたのだが、毎日午後には用があって観光は午前中のみ、あまり遠くにもいけず。市の中心部を毎日、淡々と流していた。

 駅前のホテルから、市内循環バスに乗って出発。兼六園や浅野川のほとりの主計町の茶屋街からゆっくりと歩き出す。落ち着いた町並みをたどり、古道具屋、九谷焼や加賀友禅の店などをのぞいて回る。日本海の海老や貝が中心の寿司で昼食(結構高いけれどさすがにうまい)、デザートは和菓子屋さん(これも割高だけど金沢ですから)でというパターンも変えないで過ごした。
 時々なんでこんなことをしているのだろうと思った。そこで歩きながら考察したところ、古都金沢の魅力もあるけれど、ようするに歩くのが好きなのだという結論に達した。 キョロキョロとあちこちをみたり、前を歩いている女の人の全体のバランスを観察したり、ついでにそれとなく前に回って顔との相関関係をチェック。それからフェルデンクライス的歩き方と自分で名づけた歩きを試したり。歩いている限り退屈しないのである。 

 競馬場であれ、隣駅の駅前通りであれ、じっとしていられない。歩いているのが楽しいのだ。 西野流呼吸法やフェルデンクライスでしっかりと身体をケアして、いつまでも元気でしなやかに歩くぞと思うと、とても前向きな気持ちになるし、今やっていることのすべてを肯定したくなる。 

 一つ心配なのが、このまま老いていった時に、家族が元気に散歩しているのか、加齢のために徘徊しているのかわからなくなるのではないかということである。 

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隠し湯

 8月末の関東地方を、あちこちで突発的な集中豪雨が見舞った。電車に乗っていても、突然豪雨の中を走ると思えば、しばらく行くと路面も濡れていない場所があるという具合である。1週間ぐらい、こんな状態が続くというのも例がないようだ。

 ちょうどこの期間に山歩きを計画していたが、苗場山、仙丈ケ岳といろいろと目的地の変更を繰り返したが、うまく整わないで1週間前に中止した。結果的には、中止してよかったということになってしまった。

 そんなわけで、一人で谷川岳のふもとの温泉に出かけた。夜はさすがに強い雷雨に見舞われたが、昼は谷川岳の双耳峰がきれいに見えていた。いっそ登ってこようかという気持ちにはなったが、あの強い雷雨にどこかで出会ったらと思うと、無理はできなかった。連日の雨で、足元もかなりゆるくなっているかもしれない。

 ところでこの温泉(名前は秘密)には、ここ10年くらい時間ができると、一人でやってきて湯治する。「隠し湯」というか隠れ家のような場所になっている。今回も、何冊かの本とアイポッドを持ってやってきた。ここのところ左の股関節の周りが少ししびれるようようで、あぐらができない状態なので、それも治しておきたいと思った。
 呼吸法、フェデンクライス、操体法などをやりつつ、お湯に何度も入り、そのたびに飲泉する。単調だが、自分の身体としっかりと向き合っている感じがよい。ここではお酒も飲まないし、テレビも天気予報だけというシンプルさだ。迷い込んだ鈴虫が一晩中鳴いていた。

 帰りは、なじみの運転手さんに駅まで送ってもらう。ずっと禁欲的な状態なので、普通であれば温泉から帰るときには、もう少し居たいなどと思うのだが、そんなこともなく、早く世間に戻りたいという気持ちになる。
 高原の空気を吸い、股関節は回復し、肌もつやが出たと思いながら、背伸びをする。気がついたら、いつのまにか夏休みが終わっていた8月31日の朝であった。

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2008夏

 梅雨があけて1週間。やっと身体が夏の暑さになじんできた。
 夏といえば、フェルデンクライスのプロコースを終了してから8月は全休ということにしてきた。  ふだんできないことをやったり、行けなかったところへ足を伸ばしたり、本を読む。
 今では、「夏休み」という語感だけでも楽しくなってしまう。
 昔、「フランス人は夏のバカンスのために1年間働く」などと聞いて、不思議な感じがしたが、なんとなくわかる気がしてきた。
 
 ところで21日の海の日にフェルデンクライス・メソッドの「入門ワークショップ」を行ったが、これまで5回程度やってきた経験がうまく実を結んで、とてもいい感じで進めることができた。午後からはじめたので、さっそく寝息があちこちで聞こえてきたりしたが、レッスンの終わりにはすっかり身体が変わっている。
 定番のレッスンも、少しアイデアを加えると、突然変化がやってくる。いつ、どこから気づきがやってくるかわからない。そしてそれをとらえるには、教える方のオープンフォーカス(ゆったりという感じで全体をながめる)が欠かせないことも今回気がついた。
 また、スキャニングについてもしつこく説明して、何度も休み、変化を感じてもらった。いずれにしろ参加していただいた皆さんありがとうございました。

 そういえば、夏休みもスキャニングのようなものかもしれない。自分に起こった変化を確認し、またゆったりと身体や心を休める。なんとなく今やっていることにこだわりたい心を解き放って、静かに自分を観察してみる。
 うーん。そういう点では、これもフェデンクライスということかもしれない。だから9月からはさらにパワーアップして皆さんにお会いできると思います。お楽しみに。

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TBとコメント

最初に、この記事にはトラックバックもコメントも受付けないように設定しました。というのも最近は、アルファベットを使うと必ず海外からの怪しげなトラックバックが入るからです。そのためにATMレッスンなどはグループレッスンに、FIは個人指導というふうに書いてきました。

ところが、昨日の記事の中で「いけこ」さんの名前を使ったところ、アダルトサイトからTBをいただいてしまいました。どうも言葉に自動的に反応してTBやコメントがつけられてしまうので、ATMや人名のイニシャル表示をするとが難しくなっています。それでもコメントやTBはいただきたいので、極力アルファベットを使わず表現するしかないようです。

しかし、今回は最初は原因がわからず「いけこ」さんの名前らしいことに気がついて思わず笑ってしまいました。

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夏の終りに

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  朝晩、少しずつ涼しくなり。雲が高くなってきた。
約1ヶ月の夏休みを終了して、フェルデンクライスの世界に戻る。
今回は、淡々と箱根や蓼科へ出かけたり、大井競馬場で「銀タコ」をつまみに生ビールを飲んだりして過ごした。
 お酒に関しては、よく飲んだ。日本酒の「真澄」や「火牛」の蔵元、山梨のワインナリーにも行った。ただし、どれもうまいという感想だけで、披露すべきコメントなどない。
 
「あんたたちなんて、ただのトランプじゃない」
そして気がついてみると、じぶんは土手の上で、姉さんの膝をまくらにねそべっていたんだね。
・・・・・ ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」矢川澄子訳 新潮文庫

 というように、眠りの国からフェルデンクライスの世界に戻ってくるというようなイメージがあったのだが、もはや、どこで何をしようと、そのような明確な区分はできなくなっている。
 そんなわけで、ごくごく自然に、9月からさくらクラブや公開講座が新しいメンバーも交えながらスタートした。少し変わったといえば、クライアント(参加者)の動きとか気配みたいなものが、より明確に解るようになったこと。前よりも教えることに、楽しさを感じていることぐらい。
 
 結局、好きなことをしながら、酒を飲み、眠り、休んでいただけ、という気もするのだが、唯一自分の身体について「ポジションの取り方」的なものを自得するところがあった。
言葉では言い表せないが、この感覚とともに私の2006年の夏休みは終わったのだった。
 ところでアリスのこの物語の終わりは次のような言葉で締めくくられている。
「おしまいに姉さんは、この妹が・・略・・楽しかった夏の日をなつかしく思いだすだろう・・・・とそんなふうに思うのだった。」

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