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西野式

西野塾に戻って、楽しく対気をしています。
ただ、休んでいる間に中国気功や太極拳の方と交流して感じたのは、西野塾で行われているのは、まさに西野流(式)の気の交換であるということです。
「もしかすると、他では通用しないのでは」
と思わされることが何度かありました。
 ベテランの気功師とうまく気の交換ができなかったり、ずっと西野流を続けてきたのに全くの素人扱いを受けたりということから、そんなふうに思ったのでした。。
つまり、20数年も呼吸法を研さんしながら、外では役に立たないということなのです。
 このあたりは西野先生は、はっきりと自覚されていたようで
「ある程度、慣れてこないと飛ばせない。武術としては使えない」
とはっきりとおっしゃっていたような気がします。
 つまり、対気の反応は、ある意味で西野式のバーチャル空間でのみ、成り立つ話なのかもしれません。
 そう考えると、過剰に反応したり、走り回っている人たちも理解しやすくなりますし、逆に反応しない人も
「ノリが悪い人」
「バーチャル空間になじめない人」
ということで整理できてしまいます。
 ところが、ここまで理解すると、私の場合は逆に、
「それでは西野流呼吸法を極めるというのはどういうこと」
かが明確に見えてくるような気がしますし、どのように精進していくべきかもはっきりしてきました。
 これが西野流を続けてきた成果なのかもしれません。
 ただ人間はどうしても長く続けてきたことに何とか価値を見いだそうとする傾向があるようですから断言はできません。

Kamui

 

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おまけあり

 

ちょっと投稿する前に、アクセス状況を確認しました。多からず、少なからず来ていただいているようです。感謝。
 さて、4月からさりげなく塾へ戻りました。陽春の宴の案内があり、西野先生もお元気でした。
 塾生や指導員の方々も1年数か月前と変わっていません。この間の変化は全く感じられないのですが、これは私だけで、ずっと通っていた人たちにとっては大きな変化があったかもしれません。
西野先生との対気は前よりも激しくなり、他の指導員や準指導員の方とは控えめなリアクションになりました。前回復帰した時は肩や腕の力を指摘されたような気がしましたが、今回はそれもなく、控えめとはいへ、十分に気の交流を感じることができました。
 長く休んでいて、見る目が落ち着いたせいなのか、過剰な反応の方たちも気にならず、むしろまだ走っているなとか、倒れているなとか、マンネリと言っては何ですが、相変わらずの日々が繰り返されている感じがしました。
「それでいいのだ・・バカボン」といったところでしょうか。
 個人的には、体の中で、少し気になる部分がここしばらくあったのですが、西野先生との対気の後で、気がつくと消えていました。不思議としか言いようがありません。こちらの勘違いかもしれませんが、数か月続いていたので、はっきり言って驚きました。
 それから、西野先生が退出される時に、希望者全員に軽く気を送ってくれるというのがあって、これははじめてでしたが、得をした気分というか、おまけをもらったようで、とてもうれしく感じました。いつごろから始まったのでしょうか、明らかに前にはありませんでした。できれば、これからも続けていただきたいものです。

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