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西野先生の近況

 こんなのが、近況といえるかどうかは別として、書いておきます。
 7月中旬。西野塾に復帰して、西野先生と久しぶりの対気をした。
 この間に、私のほうは昨夏以来のブランクがあり、先生のほうも入退院があり、そして東日本大震災もあったのだった。
 しかし
「何事もなかったように」(こういうときに使うんですね)
 はじまり、終わった。
 先生の印象は、少し痩せたかなという気はしたが、立ち姿や動きは全く変わらない。
 大勢の塾生を相手にして、対気をどんどんこなしたり、年配の方に気を入れたりしている。
 こうなるともう人類として例外的な人というのはいるんだとしか思えない。
 何も知らない人が見ると、ただ驚くしかないだろう。2年後の米寿あたりに、またテレビででも紹介されるのだろうか。
 このブログも西野流OBの方が、多くご覧になっているようだが、
「あなたがいたころと何も変わっていません」
とご報告しておきます。
 少し変わったところというと、西野先生が、できるかぎり多くの人と対気をやろうというとされている。そんな先生自身の意欲のようなものでしょうか。
 かといって、人生の最後に「気の真髄を伝える」というような悲壮感もなく、ニコニコと、それは私が入った22年前(1989年に入塾)と少しも変わっていないようです。

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気のようなもの

 暑い日。久しぶりに、東急百貨店を抜け、鍋島松濤公園の前を通って、西野塾への道を歩いた。
 稽古場の窓から青空や夏の太陽に照らされた樹々の風景を見ていると、去年の夏に松濤に通った日々がよみがえってきて、そこにどのような不連続な感じもないのだった。
 まるでそれらの日々が、つい先月だったというような感覚である。そういえば、昨夏から来ていなかったので、そのせいかもしれない。
 皆、思いつくままに華輪や呼吸法をやったり、座って始まるのを待っている。何かこの雰囲気もゆるぎなく変わらない。そして基本稽古、対気へと繋がっていく。
 たまたま渋谷へは来なかっただけで、それがどんな影響もないということだった。こなかったのに確実に上達しているというか、進境が確認できる。
 それでは、これからは自分でやっていけば、わざわざ会費を納めなくてもよいのではないかとも考えられるが、ひとつには2時間近く自主練習することはないこと、さらに、対気などもやってみるととても気持が良いのだった。
 さて、ここからは眉につばをつけて読んでほしいのだが
 稽古場に入って、華輪をしていると「気」なのか「エネルギー」なのかわからないのだが、何かが充填されていく感じが強くした。
 身体の中に、なにかがじっくりと入って、広がる感じである。正体がわからないし、気のせい(勘違い)かもしれないのだが、ゆっくりと何かが入ってくる。
 「多元充足」のスケールの大きなやつ。
 それがいつまでも終わることがない。1年あまりの空白を生めるように、渇きを癒すように進んでいくのだった。

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渋谷へ

「それ」と「これ」とは話が違う。
わかっていながらワザとずらしていく。まるで落語のようだが、時々、そんなふうに「こじつけたり」して生きています。
 西野流への思いは、それなりに確かなもので、西野皓三先生への敬愛の気持や、25年近く続けてきた呼吸法についても、確かなものを感じています。
 一方で、競馬についても、毎回、しっかりと取り組んでいます。
「いのちの次に大事なお金」を賭けていますので、どんなときでも手を抜くことはありません。
 毎レースごとに一喜一憂、勝っては歓喜し、負けると慙愧の涙を流すのです。そのため騎手や調教師、競馬マスコミの方々には、時には(たびたびか)失礼な物言いをすることがあります。
 ところで、この2つは、ともにライフワークとでも言うようにからみあって、私の前半生に深くかかわってきたので、本来は関係がないのに私の中で、結びつけられてしまっています。
 そして今回は、競馬に「西野塾復帰」を託すという「それ」を「これ」に変える話を作ってしまいました。
 そして、今回もまた、軽々と課題はクリアされ6ヶ月以上の空白をへて、渋谷へ復帰することになりました。(めでたし、めでたし)
 そういえば、競馬の師(あくまで私の中)である寺山修司氏にお会いしたのも、渋谷の場外に近い「天井桟敷」の中の喫茶店でした。
 氏のJRAのコマーシャルでは、こんなナレーションが流されています。
・・・・・・・・
かもめは飛びながら歌をおぼえ、人生は遊びながら年老いてゆく
遊びっていうのはもう一つの人生なんだな
人生じゃ負けられないようなことでも、遊びでだったら負けることが出来るしね
人は誰でも遊びって名前の劇場を持っててね
それは悲劇だったり、喜劇だったり、出会いがあったり、別れがあったりするんだよ
そこで人間は主役になることも出来るし、同時に観客になる事も出来る
人は誰でもふたつの人生を持つことが出来る
遊びはそのことを教えてくれる
・・・・・・・・・・・・・・・

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西野塾への道

 うーん、WIN5は当たったのだが、一人1000円のマイナス。
 まさか、こんなことが起こるとは思わなかった。JRAの演出じゃないのか、2億円の次が2万円弱というのはあまりにもひどい。
 的中というのはやぶさかではないが、喜ぶことについてははやぶさかだ。
 WIN5が当たったら西野塾へ復帰すると決めていたが、思っていた状況との間に差がありすぎて、もう一つ力が入らないのだ。
 この感じは、西野流にも通じるところがあって、はじめて呼吸法に出会ったときの驚きが2億円とすると、実際には2万円程度のものだった。たしかに有意義だが、スーパーマンにはなれないのだった。
 などとこじつけていても、しょうがないので新たなハードルを設けることとした。
 これまでの復帰の際と同様に少なくとも6ヶ月分の経費を捻出することを条件とする。 すでにWIN5的中は、方向として渋谷への道を示している。そして新たなハードルも、近いうちに軽々と飛び越えていくことだろう。
 その時は、西野先生や塾について丁寧にレポートさせていただきます。楽しみにまっていてください。

 ご愛読まことにありがとうございます。

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WIN5ゲット

 WIN5が当たった。
 といっても、友人3人とキャリアオーバーが出たということで共同参戦した結果だ。
 週末に打合せと称して三度も飲み会を続けた。うち一度は土曜日の中山競馬場への下見というものだった。まるで競馬ツアーのようになってしまい、週明けの体調は最悪というところである。
 今回の競馬場の下見では、
 降級馬(新たな格付けでクラスが下になった馬)も多く、現状では力の差があるし、 これをねらってきた馬も多い、そのためには本命サイドの馬もしっかりと押さえる必要 がある。
 という結論で、各レース均等に3点とするが、1点目は本命サイドの馬を入れることとした。
 私の担当は、中山10レースの「常総ステークス」
 1600万下だが、オープンからの降級馬である5番のヤングアットハートが臨戦過程、実力ともに抜けている。唯一の不安は後藤騎手のムラな騎乗で、不必要に内をついたりすることもあるので、それと事故以外は、負けることはあり得ないので、ここは1頭でよいと言ったのだが、ルールなので3頭選ぶこととなった。
 こんな経過で対象5レースをすべて3点として3の5乗で243点を購入した。一人当たり6000円の負担である。
 京都10レースは、私が切りたかった馬が1着、しかし担当の第一本線で危なげなく通過、そして私の担当レースも、しっかりと本命馬で決まる。
 函館11R、京都11R、そして中山のラジオNIKKEI賞も、堅く収まり、WIN5達成。
 しかし配当は19680円。サンスポや日刊スポーツの本紙予想がすべて的中しているように終わってみれば、全てのレースが単勝的には堅くおさまったのだった。

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