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合気道

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 コメントをいただいたこともあって、少し合気道とのかかわりを書いてみようと思います。
 合気道(合気会)をやっているころ、年に一度演武会というのがありました。
 植芝盛平(大先生)自身は、弟子が演武をするのを好まれなかったようですが、私が始めたころは、年に一度の大イベントになっていました。
 私のいた神奈川の町道場は、本部から師範がお見えになっていたのと、草創期の支部ということで、出番や扱いの点で、けっこう大事にされていたような気がします。
 はじめて行った時は会場が日比谷公会堂で、大先生(開祖?)の直弟子にあたる方々が主役をつとめていました。当たり前ですが、おじいさんが多いので、弟子がお約束で投げられていると思っていましたし、大学の合気道部などはアクロバットのような感じで、見ながら大笑いをしていました。
 そのころは、合気道自体あまり知名度もなく、「気合術」などと混同されることもあり、私自身もひどいときなど相撲をやっていると紹介されたこともありました。
 そんな状態ですから、大げさな感じではなく、「民謡教室」や「謡」や「詩吟」の発表会程度の印象しかありません。和歌山や大阪からお出での師範の演武などは、ずいぶん遠くから来ているという感じがしました。
 吉祥丸先生(道主といったような気もしますが)のあいさつもあったようです。サラリーマンを長くやられていたので、穏当な普通のあいさつだったと思います。
 先日、霞ヶ関で時間があったので、日比谷公会堂へ久しぶりに行ってきました。中でコーヒーを飲みながら、あの演武会以来だと思うと懐かしく、建物がいまだに使われていることについてもうれしい気持ちがしました。
 まだ「合気道」自体怪しい存在だったころの話ですが、情報化社会の到来とあわせてあっという間にメジャーになり、数年後には、西野先生なども登場してくることになりました。(続く)

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