« November 2007 | Main | March 2008 »

対気(その3)

 前回に「気の強さ」のようなことを書いてしまったけれども、最近、西野塾でも飛ばす、飛ばさないということを、あまり言わなくなってきました。
 そういう意味では、私自身が古いタイプの塾生ということなのでしょう。

 そういえば、前には大勢いた武道経験者が最近では、ほとんどいなくなり、西野流呼吸法でも、誰も西野流の「気」を強さとか武術と結びつけて話さなくなりました。
 したがって、飛ぶ、飛ばないなどの表現自体があまり意味のないものとなっているのかもしれません。
 楽しく指導員と対気をして、何か発散できるというところがいまの対気なのかもしれません。
 皆さん、それぞれいろんな形で反応して、それが気持ちが良いから通っている。それでいいじゃないかと言われれば、一言もありません。
 また、確かに最近は、トランス状態というような人が結構います。そのため入門しても、他人の反応する様子が気味が悪くて、離れる人もかなりいるように思えます。

 そんなわけで、1000クラブでも、基本的な呼吸法の動作を予備運動がわりに使う以外は行わないようにしています。

|

対気について(その2)

 西野流呼吸法もはじめてから10数年になりますが、ずっと休みなく続けているわけではありません。
 かなりの期間、中断しているので、稽古歴としては半分か、三分の一程度というところです。もちろん最初の3年くらいは、「呼吸法漬け」と言ってもいいほど熱心にやりました。
 そんな私が、最近西野塾で「対気」をやっていて感じるのは、たとえ指導員であっても、自分より入塾が新しい人には、飛ばされているという感じがしないことです。
 今は、とりあえず相手の気を受け取るというつもりでそれなりに反応していますが、以前は身体を緩めれば緩めるほど飛べない(飛ばない)ということが何度もありました。
 現在、おいでにならない準指導員や指導員の中には、対気をしても、私を一度も飛ばしたことがない方がいらっしゃいました。そのころは、飛ばない人というのは結構いて、思いっきり力んで筋肉や体重で飛ばない人もいました(西野先生でも飛ばなかった)。そうでなくても自分より後輩の場合は、たとえ相手が指導員であってもある程度で引き分けというような人が多かったと思います。
 最近は、あまりそんな光景を見かけなくなりました。
 いかにも10年以上やっているという人たちは、名乗りあう事はありませんが、顔にも見覚えがあります。私もそうですが、最近は力の差がはっきりとわかるので、そういう場合は、それなりに下がってあげているようです。
 その人たちが、本当に先生や西野流が好きでお出でになっているのもわかりますし、それでいて妙に醒めた目をしているのが、なんだか面白く思えます。

4znfei1 

|

« November 2007 | Main | March 2008 »