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対気(初期のころ)

 西野塾に入って、誰もが関心を持つというか、気になるのは「対気」だと思う。
 一時は西野流というと
 「気で飛ばす」
 ということで、インチキだとか、中国拳法の真似だとか話題になった。
 最近では、いろんな気功道場で類似のことをやっているので、マスコミ的には完全に過去の話題というところか。
 それでも、今も西野流呼吸法をやっている人、興味のある人にとっては「対気」について考えることが多いと思う。
 私が入った時は、どっちかというと飛ばない人が多かったような気がする。そのために
基本稽古のあとに、西野先生が説明を加えながら、指導員や飛ぶ人を相手に、対気の実演をしていた。
 今では、ありふれた後ろ走りでさえも、
 「どうしたんだ」という感じだった。
やがて、いろんなパターンが出始めると、先生も
 「不思議だ。不思議だ」
 「人によって、いろんな反応がでてくること、それ自体がすばらしい」
とおしゃっていた。
 また、当時は列の前後の人と手を合わせて、気の交流として順番が来るまでやっていた。
 それくらい人も少なく、飛ぶ人も少なかったので危険がなかったのだろう。その後、人が増えるにしたがって、この気の交流は禁止されることになった。
 参考までに、私は、この気の交流で、一部の女性やスポーツをやっている男性などから、素晴らしい気をもらったような気がした。彼らは別段、強い気を持っているわけでもなく。ただ、とても気持ちのよい気を発する人が世の中にはいるということがわかった。
 西野塾に高い月謝を払って通いながら、みんなが一方で信じながら、一方では疑いつつ
「それでも、楽しいし、体調がよくなったからいいか」
とか
「西野先生が好きだから」
というノリで稽古(対気)を続けていたように思う。 

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