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さらば長き眠り

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 夏休みも8月で終わり。再びフェルデンクライスの世界へ復帰。前にATMの最初のスキャニング(仰向けに寝て、身体の状態を感じてももらう状態)の際に
「さあ、フェルデンクライスの世界に戻ってきましょう」とカール先生(プロコースのトレーナー)に呼びかけられたことがあって、妙に納得したことがあった。「自分が今ある状態を感じる」「何をしているかに気づく」。そのために、たっぷりと贅沢に時間を使う、それがフェルデンクライスのレッスンであると思う。
 約1ヶ月、数回の個人指導(FI)を除いて離れていたわけだ。それが楽しかろうと、苦しかろうと、普段、習慣的になったものを一度手放してみる。これもフェルデンクライスと言ってしまうと、むしろ一番それらしいことをやっていた気もする。
 身体や武術に関する本を読んだり、落語を聴いたり、酒を飲んだり、やりたいことをやりたいようにやっていた。「夏休みですから」というのが自分にも他人にも言い聞かせた言葉である。やはり時間の制約が少ないというのは解放感があった。

 夏休みといえば、中学生のころレイモンド・チャンドラー(Raymond Chandler )が好きだった。「Farewell,My Lovely」「The Long Goog-bye 」「The Big Sleep」の最初の5ページほどを英和辞書と早川書房の文庫本を片手に読んだこともあった。受験勉強をしなければという気持ちと、何か別のものにひたりたいという2つの相和の結果だろうか。今なら10ページ読めるくらい大人になったが、フィーリップ・マーロウよりも年老いた。禁煙し、なじみのバーテンダーが引退してからは、バーにもご無沙汰の状態。何より他人や自分の身体におせっかいをやいている。うーん、「ハードボイルドなボディワーカー」か。
 「誰かのために死ぬということは、とるにたりない愛の証である-----ニーチェ」。

 とりとめがなくなったところで、この夏読んだ中で、唯一の探偵が出てくる本はこんなふうにはじまる。
 「冬の終りの真夜中近く、私はおよそ四00日ぶりに東京へ帰ってきた。雨の中を九時間以上走り続けたブルーバードを西新宿にある事務所に停めて、往生際の悪い死体のようにこわばった自分の身体を車の外にひきずり出した」
 肌合いが合うというのか、オリジナルが日本語のものでは、彼のものだけしか読まない。原りょう「さらば長き眠り」。

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