そういえば

やまささん、ありがとうございます。
そういえば、まだまだあったんですね。
穹雲(きゅううん)、環流(かんりゅう)などを入れて10種ですか。
もともとは、やっていたのでしょうが、私が入塾したころは天遊、円天、天翔(てんしょう)の3つで、そのうちに天翔が行雲に変わりました。
先生のプランとしては、じっくりと呼吸法を10種(最初は華輪を含む)でゆっくりやるつもりが、対気が思いのほか効果的で、変更したのではないかと思います。
対気の時間に合わせて、基本の呼吸法の数が変化しているのでしょう。
やがて、華輪が独立して、行雲が入って10種というところでしょうか。
ですから、会員が減って、基本に時間をさけるようになって、蓮行が加わったということでしょうか。

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なお、エディタが変わったので、少し字の大きさなど変化があるかも。

 

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蓮行

 前に「西野流には友達はいません」という趣旨の記事を書いたlことがあったのですが、2007年に復帰してからは、多くの人とお付き合いをさせていただいています。
 そして、現在通われている方からの情報として基本動作の練習に「蓮行」が加わったというのがあります。私も好きで時間のある時には、行うことがありますが、現在通われている塾生の半数の方々にとっては、不可能な動きかもしれません。
 あえて、加えた理由はわかりませんが、先生の記事の中にも、蓮行のような写真があったので、あらためて大切さが認識されたのかもしれません。
 西野流呼吸法の奥義の6番目。いよいよ真打登場といったところかもしれません。
 それから、本のほうは全く進んでいません。
 書き下ろしの「礼について」がやっと書けたところです。
 また、このブログからは、これ以上転載しないので、現在残されているものは、そのままにしておきます。ゆっくりと読んでいただければと思います。
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気というのも

 しんまいさんコメントありがとうございます。
 前にも書いたような気がしますが、私も入塾したころの、身体や気持ちが躍動するような感じを今でも思い出すことができます。
 また、長く続けている方たちと話していると、やはり入塾したころのことは楽しそうに話されています。あるいは、そうでなくては長く続かないのかもしれません。
 会費が高くはなりましたが、30年前に比べると指導員のレベルも格段に上がっていますし、当時は「気」などという概念はほとんど認知されていなかったと思います。気功なども得体のしれない中国の体操のようなかんじでした。カンフー映画のおかげで太極拳が知名度をあげていたころでしょうか。
 そのころの
「気」であり「気の挑戦」
だったので驚きもあり、批判も多くありました。
 いまでは、気に関する情報も,すっかり定着して、呼吸法も
「ああ、由美かおるのやつね」
といった、まぁ体操の一種のような扱いをうけているようです。
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先生の記事

 久しぶりに西野先生の記事がスポーツ紙に載った。
 西野塾に通った人たちにとって、特に新しい情報はないが、しばらくご無沙汰している身としては、92歳の現在も、脚が高く上がり、蓮行のように大きく脚を開いている写真に少し驚いている。
 この記事では
「私は幾つまで生きるかはわからないが、少なくとも100歳までは元気に稽古場に立つ」
という先生の御言葉が出ているが、塾生は皆信じるだろうと思うし、もちろん私もその一人である。
 また、対気のデモの後で
「超能力?とんでもない!研鑽を積めば、誰もができる」
とおっしゃっているのだが、これには、確かにその通りなのだが、その研鑽に恐ろしく時間と集中力が必要だとというのが私の実感である。

 さて、今は本にするために記事を書き始めているが、たとえば前回書いた
「西野流の礼」
がなぜ優れているかなどについて、やはり私なりの考えをはっきりと活字にすべきではないか、それでこそ本にする価値が出る。
というふうに考える一方で
「なんだ、全然わかってないな」
と先生に失笑されるような気もする。
デーリースポーツ藤井記者の記事(リンクが張れなくてごめん)
https://www.daily.co.jp/opinion-d/nextstage/2018/12/24/0011929860.shtml

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謹賀新年

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あけましておめでとうございます。
このブログも10年を超えているので、そろそろ最初の干支に戻ったのではないでしょうか。
正月も基本をしっかりとやりました。といっても10分程度ですが。
これでは現状維持がやっとというところかもしれません。
しかし、不思議なことに伸びて行っている実感があります。
やはり、塾に通って、やり込んだ時期が15年程度あるので、それが効いているんでしょう。
あるいは老化して、感覚が鈍くなったのかもしれません。
さて、ここのところ最初の礼について考えることが多くなりました。さすがに公園などではできないので、海外などでは当然に省略していましたが、
「ただものではない」
という気がして、丁寧に取り組んでいます。
「えー、あの礼ですか」
という気持ちはわかりますが、呼吸法という意味では大きな意味を持っていると私は思います。
そこまで考えて、作られたかどうかはわかりません。
しかし、やはり驚かされるのは、西野先生の天才性のせいでしょうか。
とりあえず、ゆっくりと床に身体をあずけて、自分の身体の状態をチェックしてみてください。

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アプリ

のんたさんコメントありがとうございます。
OSとアプリという表現は面白いですね。
私はやはり西野流をアプリととらえているのかもしれません。
そして武術系や健康系のものを試すと、たしかに驚かれることがありますね。
「なにかやっていますね」
とか
「教えてほしい」
と言われます。
以前は基本動作を教えて、一緒にやったりしていましたが、最近はやめています。
理由は、うまく伝えられないことと、私の感覚的なものを、事細かく教えることも、説明することもよくないと考えました。
西野先生も、動きと大まかな指針については説明されますが、細部は説明されませんし、核となる部分については自分で手に入れなければ意味がないとお考えになっているような気がします。
私の西野流も、自分の感覚をもとに、少しずつアップデート(更新)をしてきているのでしょう。

だんだんと使いやすく、面白くなっているような気がします。

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コメント歓迎

痴呆会員さんコメントありがとうございました。
長いコメントは歓迎です。たぶん、このブログをご覧になっている新旧の塾生の皆さんにも
参考になったと思います。
やまささんが、
「コメントがしにくいのは、メルアドなどを要求されるから、気軽に書けないのかも」
とおっしゃっていましたが、そのメルアドに私や誰かが連絡することもありませんし、架空のメルアドでも大丈夫かもしれません。
 気軽に、
「そんなことはない」
「違っているのでは」
とかも含めコメントしてください。

サーバーの方の対策が効いたのか、最近は英文のわけのわからないコメントもなくなりました。

そういえば、
「指導員より気が強い塾生なんかいない」
というようなコメントが前にありました。
馬鹿馬鹿しいのでそのままにしておきましたが、指導員でさえそうは思っていないでしょう。
そもそも、
「気の弱いほうが飛ばされる」
というのは間違いだったのでしょう。
最近は聞いたこともありません。
まぁ、そんな意見も含めて気軽にコメントしてください。

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秘すれば

 あたりまえですが、少し更新するとアクセスがグッと増えました。
なんかやはり、うれしいですね。
とは言え、本来の原稿は進まず、やはりブログには向いていても、本を作る方には向いていないのかもしれません。
 そういえば西野先生の誕生日がついこないだで、92歳になられたんですね。
入ったころは、先生も60代前半で、当時は高齢者。
 そして塾生のほとんどは、自分たちが60代に達するころには、楽に先生を超えられると思っていたのではないでしょうか。
 ところが、いよいよ先生との差が開くばかりというのが実感でしょう。
 おそらく指導員たちもそうだと思います。
 まぁ、経済的、時間的にも余裕があって、このあたりの実感が強いかたが、松濤の坂を登っていらっしゃるでしょうし、そうでなくても、私のように強い縁のようなものを感じて、いろんなところで呼吸法の基本をくり返しているのもいるんでしょう。
 私が現在抱えている命題(前回の記事参照)からいえば、どちらも同じでまったく差はありません。
 ただ、もし西野先生を超えようと考えるなら、ここらあたりをしっかりと自分のものにする必要があるのでしょう。
 
 話がわかりにくいのは、私が検証できずにいるからであり、未熟だからですが、読む人によっては大きなヒントになると思っています。ただ、答えをコメントするのは止めてほしいと思います。
 「秘すれば花」ということですね。
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わかりにくい話

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 何度か、ここに書きましたが、1989年
この年のさわやかな秋晴れの日に私は西野ビルにはじめて足を踏み入れました。
たまたま、
今日2018年10月30日の朝、
雲一つなく晴れ上がっています。
 そのせいか、あの日を思い出しているのかもしれません。「ふーっと」懐かしいイメージが蘇るそんなときがありますが、今がそうなのかもしれません。
 そしてあの時の、吹いていた風や聞こえてきた音。稽古場の空気。立てかけたマット。西野先生の声。なぜかクリアーに思い出すことができます。
 
 これを読んでいる塾生あるいは元塾生の方はどうでしょうか。
 同じように初日の印象が強く残っているでしょうか。
リアルに思い出せるのか、ぼんやりしているのか。
よかったらコメントをお願いします

 さて、今書いた何気なく見える文章ですが、
「西野流呼吸法」の真髄をついているのではないかと思っています。
なぜそう思ったか。
 大阪の西野塾の廃止。料金の値上げなど、ここ一連の動きを、おおまかに追って、考えているうちに思いつきました。
 違っているかもしれません。
 ただ、これは、身の回りのどんなことにもあてはまる普遍的な真理であるかもしれません。
 それが、特化して西野流呼吸法の中に秘められているという気がするのです。
 そしてキーワードも西野先生が普段からおっしゃっていることです。
 まぁ、勘違いかもしれませんが、 しばらく、このあたりを検証してみようかと思っています。
 
 1989年と言えば平成元年です。まもなく平成が終わろうとしています。
 平成の30年間を通じて、西野流呼吸法とつきあってきたわけですから、せめて平成のうちに結果をだしたいという気がします。

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たまには更新

 ほとんど更新していなかったにもかかわらず、訪ねていただいているようで感謝しています。
 と書きながら、2月以来の記事になります。
 5月に1冊、文集のような本を出し、そのせいで予告していた「呼吸法の本」がいまだにできない状態。それから、さすがに少し書き足さないといけないなという気持ちも強くなって、そのあたりで、もう少し時間がかかりそうです。

 西野塾のうわさも、時々聞こえてきますが、やはり料金の値上げで参加人数が三分の一程度になったようですが、熱心に通っている方々のおかげで、健在という表現でよいようです。
西野先生も元気に対気を続けておられ、その対気の時間も20分程度で終わるらしく、やはり先生への負担を減らすという点では効果があったようです。

 私自身、呼吸法は毎日続けていますが、基本を10分程度でさっとやる程度です。ところが、先日、夏風邪をひいた時に、天遊をていねいに3回程度やったら、どっと汗が出て、そのまま治ってしまいました。若いころにはよくあったのですが、最近では珍しいことです。山に登ったりして身体を動かしていたせいなのか、あるいは身体が覚えているのかわかりませんが、久し振りに呼吸法の威力を感じました。
 呼吸法を続けてきた方の中にも、亡くなったり、闘病されている方などのお話を耳にすることがありますが、皆さんそれなりに充実した人生を送っておられるようです。そして、大きな要素として西野流呼吸法の存在があるようです。
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